【ネタバレ感想】『世界99』(村田沙耶香)――ピョコルンが示す合理性の皮肉

※本記事には『世界99』(村田沙耶香)のネタバレが含まれます。

未読の方は、ご注意ください!

目次

世界99のあらすじ(ネタバレあり)

『世界99』の舞台は、人間の営みを徹底的に合理化した未来社会です。
性愛や妊娠は「ピョコルン」に外部化され、女性は子宮を摘出する。怒りや嫉妬は「汚い感情」とされ排除される。主人公の空子は「呼応」「トレース」で人格を切り替え、摩擦を回避して生きています。

表向きは効率的で快適な社会。

しかしその裏には、人間を楽にするはずの仕組みが逆に人間を支配するという皮肉が潜んでいるように思えました。

ピョコルンとは何者か

ピョコルンは、物語の中で最も強烈な存在感を放ちます。
ふわふわの白い毛、丸い目、細い足――一見すれば可愛らしいペットのよう。

けれどもその役割は過酷です。

  • 性欲の吐口:人間の欲望を受け止める存在
  • 妊娠・出産の代行:子宮を摘出した女性に代わって出産する
  • 家事・育児の代行:家庭の雑事を担うが、その性能は中途半端で人間が補う必要がある
  • 高額で不完全:富裕層しか所有できず、個体差も大きい

さらに恐ろしいのは、ピョコルンが偶然組み合わさった動物の遺伝子によって生まれた人間のリサイクルの産物である点です。
かわいさとグロテスクさが同居し、制度にとって都合よく“使われる存在”として扱われる。

そこに制度的暴力の本質が凝縮されています。

ピョコルンになりたい人間の意味

物語では、ピョコルンを「所有する」だけでなく、「自分がピョコルンになりたい」と望む人間も登場します。

それは制度に包摂されることで責任や苦痛から解放されたいという欲望の表れ。

同時に、主体を手放すことで制度に適応し、役割や承認を得たいという心理でもあります。

この「自らピョコルン化を望む姿」は、自由に見えて実は制度に仕組まれた選択にすぎないのではないでしょうか。

合理化社会では、制度に従うことが“楽”で“正しい”とされる。

だからこそ、人は自発的に従う方向へと追い込まれていくのです。

空子と白藤さん――適応と生きにくさ

空子は合理に順応し、自分を切り替えながら観察者として生き延びます。
それは効率的ではあるけれど、人間らしさを削ぎ落とす生き方でした。

一方で白藤さんは潔癖で頑固、制度に馴染めず生きにくさを抱えている。
しかしその不器用さこそが、最も人間的に思えました。
合理の枠に適応する空子よりも、制度に引っかかり続ける白藤さんの姿に人間のリアルがにじみ出ているように感じました。

「汚い感情」の排除と現代社会

『世界99』では、怒りや嫉妬といった感情は「汚い感情」として切り捨てられます。
社会に残るのは清潔で合理的な言葉だけ。

これは決して空想ではないような気がしました。

現代の私たちも同じ道を歩んでいるようにすら思えて・・・。

  • 多様化やコンプライアンスの時代
     誰も傷つけない表現が求められ、“きれいな言葉”だけがあふれるようになりました。もちろん重要な流れですが、その裏で、人間らしい怒りや嫉妬は「不適切」とされ、可視化されにくくなっているような気もします。
  • ポジティブ一色の空気
     SNSのタイムラインには心地よい言葉ばかりが並び、不満や怒りは沈んでいく。『世界99』の“汚い感情”の排除と同じように、現代でも“見たくない感情”は消されていくのです。
  • 人間らしさの希薄化
     怒りや葛藤、嫉妬や対立は、人間関係を育て、社会を動かすエネルギーです。けれど、それが排除されると、人間はただの“きれいに整えられた歯車”になってしまう。合理性の名のもとに、人間の厚みが削ぎ落とされているのです。

つまり『世界99』の描く“汚い感情の排除”は、現代社会がすでに始めている「感情の均質化」の先にある世界観。

清潔な言葉にあふれる世界は一見安心で快適に見えて、実は息苦しい。

その怖さこそが本作のリアルさに直結している。

世界99が描く合理性の皮肉

『世界99』が突きつけるのは、合理を追求すればするほど人間性が空洞化するという皮肉です。

  • 人間を楽にするはずのピョコルンが、逆に人間を支配する。
  • 本来はペットのように「可愛い」存在だったはずが、次第に人間の営みを代行する“不可欠な装置”となっていく。
  • その結果、所有するだけでなく「ピョコルンのようになりたい」と望む人間まで現れる。
  • 感情を「汚い」と切り捨てることで、人間の陰影が失われる。
  • 制度に適応した人間は歯車のようになり、適応できない人間のほうが人間らしさを残す。

まとめ:世界99は現代の鏡

『世界99』を読んで感じたのは、合理性が進めば進むほど、人間は楽になるどころか逆に生きにくくなる、または本質が消失するのではないか、という恐怖でした。

人間のリサイクル。性欲の吐口。感情の削除。ピョコルンになりたいと願う人。
どれも現実の社会や技術と無関係ではなく、すでに私たちの生活の中に影を落としているのかもしれない。。。

合理性が人を救うのではなく、人を追い詰めるのか――

『世界99』、私にはめちゃくちゃ面白かったです。

フィクションとして読める人にはおすすめできる小説でした。

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